
はじめに
「時間がない」が、日常の口癖になっていませんか。
スケジュール帳は真っ黒、気づけば1日が終わり、何をしたか覚えていない──そんな毎日を送っている方は少なくありません。
けれども、本当に時間が“ない”のでしょうか。
日本人の「主観的な忙しさ」は加盟国中トップクラスです。
にもかかわらず、実際の労働時間や家事時間は中間層に位置しており、「時間がない感覚」は必ずしも“現実”ではないのです。
この“時間貧困”の状態が続くと、心の余裕を失い、幸福度もじわじわと下がっていきます。
本記事では、ウェルビーイングという視点から、「無駄に見える時間」がどのようにして人生を豊かにし、心と時間の余裕を取り戻していくのかを探っていきます。
あなたの口癖や、見過ごしている日常の“スキマ”が、未来の自分を育てるきっかけになるかもしれません。
ウェルビーイングで変わる心と時間の余裕
満たされないのは時間がないという口癖のせい
「最近、なにをしても満たされないんです」
こんな相談を受けたのは、ある平日の夜のことでした。
彼女のスケジュールには、朝5時のジョギングから夜10時の読書まで、びっしりと予定が詰め込まれていました。
一見すると理想的なルーティンですが、彼女の目はどこか虚ろで、深い疲れがにじんでいました。
日本人の自由時間は、平日と週末を合わせた週全体の平均で1日あたり約6.5時間(6時間27分)です。
ところが、その多くが「なんとなく過ぎた時間」として記憶に残らないまま消えていく。
スマホをスクロールしながらの無目的な30分。
冷蔵庫の前で突っ立って過ごす5分。
それらの時間は、“時間がない”という口癖によって見えなくなっているのです。
「口癖は思考の癖」とも言われます。
何気ない「忙しい」が、日常の余白を塗りつぶしていないか──ふと、問いかけてみてください。
もしかしたら、足りないのは時間ではなく“感じる力”なのかもしれません。
ポジティブ感情が幸福度を底上げする5つの要素
人間の幸福度を高める要因は、単なる物質的充足だけではありません。
米国心理学者マーティン・セリグマンが提唱した「PERMAモデル」では、以下の5つの要素がウェルビーイングを構成するとされています。
それは、ポジティブ感情・エンゲージメント・良好な関係性・意味・達成感です。
たとえば、仕事で成功しても、感情が枯れていたり、人間関係がギクシャクしていれば、幸福とは言えません。
ある人が以前、外資系企業に勤めていたころの話です。
年収は1千万円を超え、結果も出していた。
けれど、朝起きるのがつらくて、休日もベッドから出られませんでした。
「幸福」は足し算ではなく、バランスなのだとそのとき知りました。
ときには笑うこと。
ときには没頭すること。
それらの時間が、目に見えない心の栄養となって、幸福度を底上げしていきます。
PERMAモデルに学ぶ人生を豊かにする思考習慣
では、どのようにしてPERMAモデルを日常に落とし込めばよいのでしょうか。
「感情の棚卸し」という習慣を取り入れています。
夜寝る前に、今日の「嬉しかったこと」「夢中になったこと」「誰かと心が通った瞬間」「意味を感じた行動」「やり遂げたこと」をそれぞれ1つずつ書き出してみるのです。
初めは5分もかかりませんでした。
でも、1週間、1か月と続けるうちに、自分の中の“豊かさのパターン”が見えてくるようになりました。
たとえば、「ありがとう」と言われた日は、幸福感が長く持続していることに気づいたりします。
この記録は、自分自身への小さな取材のようなものです。
情報過多の時代に、何を感じて、何を大切にしたいか──
その指針を持つことで、無駄に見える時間さえ、人生を豊かにするための素材に変わっていくのです。
無駄な時間が心と時間の余裕を取り戻す鍵になる
ある冬の日、カフェの窓際でぼんやり雪を眺めていたことがあります。
その日は仕事の予定もなく、スマホも鞄にしまい、ただ温かいカップを両手で包んで座っていました。
周囲の音が消えたように感じる静けさの中で、ふと、胸の奥がじんわりと温まるのを感じたのです。
「これでいいんだな」と思いました。
ウェルビーイングとは、効率の果てにある成果ではなく、今この瞬間に宿る感覚です。
無駄に見える時間の中にこそ、それが宿っているのだと実感します。
心の健康維持に「Connect」「Be Active」「Take Notice」「Keep Learning」「Give」の5つが効果があります。
その中の「Take Notice=気づきを持つ」は、まさにこうした“非生産的な時間”を意識的に過ごすことに該当します。
「時間がない」からこそ、あえて立ち止まってみる。
その選択が、見失っていた“心と時間の余裕”を取り戻す第一歩になるかもしれません。
あなたの今日の5分、何に使ってみますか?
時間がないという幻想と幸福度の逆転現象
時間がないという思い込みが生むネガティブな思考癖
「やることが多すぎて、もう限界です」
そう口にした人の手帳は、予想外にも空白だらけでした。
タスクはあるけれど、何をどう始めていいかわからない。
時間がないのではなく、使い方に迷っている──そう感じた瞬間でした。
総務省統計局が発表した『社会生活基本調査』(令和3年)では、20代〜40代の働く世代(有業者)の自由時間は、1日あたり平均で約5時間半から6時間であると報告されています。
それでも「自分は忙しい」と感じてしまうのはなぜか。
そこには、過去の失敗や、理想の自分像との乖離が関係しているように思います。
「こんな自分じゃダメだ」という思考が、時間の感覚までも曇らせてしまうのです。
ある人は、会社員時代は「寝る時間すらない」と言っていました。
でも、あとから見返すと、そのうち1時間はSNSとネットサーフィンに消えていたのです。
それを否定するのではなく、気づくだけで視界は少し変わります。
さらに言えば、「本当に自分が今、何に疲れているのか」がわからないまま、「とにかく時間が足りない」と思い込むこともありました。
あなたも、「忙しい」が口癖になっていませんか?
それは、本当の気持ちから目をそらす防衛反応かもしれません。
自分を守るための“盾”のように、忙しさを使っている可能性だってあるのです。
少し勇気を出して、その盾をそっと置いてみませんか?
そのとき初めて、見えなかった時間が静かに姿を現してくれることがあります。
主観的な時間感覚が幸福度に与える影響
時間の感じ方は、人によってまったく異なります。
心理学の研究では、「時間が充実していると感じる人ほど、幸福度が高い」という傾向が示されています。
つまり、実際にどれだけ忙しいかではなく、どう“感じているか”がカギになるのです。
「1日の時間が短く感じる人」は「生活満足度」が高い層に多く見られるそうです。
この逆説的な結果は、私たちにある問いを投げかけます。
「満たされた時間」とは何か?
たとえば、友人との会話に夢中になっていた1時間は、あっという間に過ぎていきます。
一方で、義務感だけで参加した会議の30分は、異様に長く感じることもあります。
幸福度は“時計”ではなく“体感”によって動くものなのかもしれません。
最近始めたのは、「今日、どんな時間が嬉しかったか」を寝る前に書き出すことです。
不思議と、同じ24時間でも「いい日だった」と感じることが増えてきました。
さらに、それを翌朝に読み返すことで、記憶の中の感情が再び蘇り、心に温かさが残ることもあります。
この“再体験”の繰り返しが、時間感覚をポジティブに書き換えていくように思います。
「今日は退屈だった」と感じた日にも、1つでも楽しい時間がなかったかを探すようになりました。
その小さな“発見”が、翌日以降の自分をそっと励ましてくれるのです。
あなたの一日は、どんな体感で過ぎていますか?
もし今日、たった5分でも「心が動いた瞬間」があったなら、それはかけがえのない時間だったのかもしれません。
心と時間の余裕をつくるための価値観の明確化
「忙しい」は、実は“価値観が不明確”であることのサインでもあります。
なにを優先し、なにを手放すか──それが見えていないと、なんでも抱え込んでしまうのです。
数年前、私は「全部ちゃんとやらなきゃ」と思って、仕事もプライベートも分刻みで動いていました。
しかし、心はどんどん疲弊し、ついには何のために頑張っているのかわからなくなったのです。
そのとき助けになったのが、「自分にとって大切なことリスト」を書くというシンプルなワークでした。
健康、創造性、家族との会話──人によって異なるそのリストが、時間の使い方をガイドしてくれます。
価値観が明確になると、「やらない選択」もできるようになります。
不安や罪悪感で埋め尽くされた余白が、「大切なことのための余白」に変わっていきました。
つまり、心と時間の余裕は“何をやるか”ではなく、“何を大切にするか”から始まるのです。
また、価値観は一度決めたら終わりではなく、人生のフェーズによって変わっていくものです。
定期的に見直すことで、今の自分にとっての「本当に必要なもの」が明確になります。
そうすることで、過去の価値観に縛られることなく、柔軟に行動できるようにもなります。
自分の時間を、誰のために、どんな思いで使っていますか?
その問いに向き合うだけでも、少しずつ時間の景色が変わっていくかもしれません。
そして、迷ったときの“羅針盤”として、自分自身の価値観がそばにあることは、何よりの支えになると私は感じています。
PERMAモデルで整える時間と幸福のバランス
ウェルビーイングの指標として有名なPERMAモデルは、時間との向き合い方にもヒントを与えてくれます。
ポジティブ感情、エンゲージメント、ポジティブな関係性、意味、達成感──この5要素は、どれも「時間の質」と密接に関わっています。
ある日、「なんでこんなに疲れるのか」と感じて、自分の一日を30分単位で記録してみました。
すると、意外にも「誰かの期待に応える時間」が大半を占めていたのです。
自分のために使った時間は、1時間にも満たなかった。
その事実に愕然とした一方で、どこか納得もできました。
PERMAモデルの「エンゲージメント=没頭」は、自分が主体であることが前提です。
他人の評価ではなく、自分がどう関わっているか。
その視点で時間を見直すと、同じタスクでもエネルギーの消耗度が変わってきます。
今、週に1度だけ「完全ノープランの日」を作っています。
やることを決めず、感情に任せて過ごす。
そうすると、不思議とポジティブ感情や小さな達成感が自然と湧いてくるのです。
また、没頭できる時間は“長さ”ではなく“深さ”に左右されるのだと感じています。
たった10分でも、好きな音楽を聴きながら絵を描く時間は、濃密な幸福を生み出します。
一方で、3時間の会議でも「自分がいる意味がわからない」と感じれば、むしろ疲弊する。
PERMAモデルの5要素は、そんな体験を言語化するヒントになるのです。
この“予測不能な余白”こそが、幸福度の根っこを耕してくれるのかもしれません。
あなたの時間にも、あえての「無計画」を忍ばせてみませんか?
無駄な時間が人生を豊かにする科学的根拠
幸せの4大要素にみるやってみようとありがとうの力
「そんなの意味あるの?」
ふと漏れたその一言に、私はドキリとしました。
数年前の自分が、まさにそうだったからです。
“無駄”な時間に価値を感じられず、成果が出ない行動には冷めた目を向けていました。
でも今では、「やってみよう」と「ありがとう」こそが、日々の幸福感をつくっていると実感しています。
ポジティブ心理学では「幸せの4因子」が注目されています。
それは、「やってみよう(自己実現)」「ありがとう(感謝)」「なんとかなる(楽観性)」「ありのままに(自己受容)」の4つです。
この中でも「やってみよう」と「ありがとう」は、最初の一歩を踏み出す原動力になることが多いと感じます。
たとえば、小さな料理への挑戦や、初めて行くカフェで過ごす時間。
そこには効率や目的はないかもしれませんが、「自分で選んだ」という実感が満ちている。
また、誰かに感謝を伝える行為は、一見地味ですが、その反応が心にじわりと染みわたります。
実践しているのは、毎日「今日のありがとう」を3つ書き出すこと。
最初は照れくささもありましたが、1週間続けると、「ありがとう」を探す視点が自然に身についてきました。
「やってみること」と「感謝すること」──この二つの積み重ねが、無駄に思える時間を、豊かな時間に変えていくのです。
さらに面白いことに、「やってみよう」と心に決めることで、自分の可能性を広げていけるという感覚が芽生えてきました。
たとえば、ダンスに興味が出て、近所のスタジオに体験に行ったことがあります。
最初はぎこちなかったけれど、帰る頃には少しだけ自分を誇らしく感じていました。
感謝と挑戦、この2つの習慣が、確実に自分を肯定する土壌を耕してくれたのだと思います。
あなたの今日の5分に、どんな小さな挑戦や感謝を込められそうですか?
自己肯定感の低さと過去のトラウマが奪う心の余白
「どうせ私なんて」
その口癖に、私はかつて縛られていました。
どんなに頑張っても、自分に満足できず、常に欠けている気がしていたのです。
今思えば、自己肯定感の低さは、時間の質にも影響していたと感じます。
何かをしていても「これでいいのか?」と心がざわつき、休んでいても「怠けているのでは?」という罪悪感に襲われる。
その不安の根っこには、過去の失敗体験や、親からの厳しい言葉があったのかもしれません。
無意識のうちに、「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い詰めていたのです。
最近、臨床心理の分野では「セルフ・コンパッション(自分への思いやり)」の大切さが注目されています。
自分に優しくすることで、心の回復力が高まり、幸福度も向上するという報告があります。
それで始めたのは、「今日はよくやった」と自分に声をかける習慣です。
それだけで、驚くほど心が軽くなりました。
もちろん、過去のトラウマがすぐに消えるわけではありません。
でも、その影響を少しずつ薄めていくことはできるのです。
心に余白が生まれると、無駄に見えた時間の中に安らぎが宿るようになります。
「何もしない自分」にも価値があると認められるとき、人生の質は静かに上がっていくのかもしれません。
さらに、自分の気持ちに耳を澄ませる習慣を持つと、ネガティブな感情にも冷静に向き合えるようになります。
あるとき私は、何もせずに過ごした休日を「最悪」と感じていました。
でも、よく考えると、その日はただ疲れていたのだと気づきました。
感情には理由がある。
それを見過ごさずに受け止めると、自己否定のサイクルは少しずつ緩んでいくのです。
自分を責める代わりに、自分に尋ねてみましょう。
「今日は、何がしんどかった?」
この問いが、あなたの中のやさしさを呼び戻してくれるかもしれません。
なんとかなるという口癖が生む勇気とポジティブな関係性
「まぁ、なんとかなるか」
そうつぶやいただけで、肩の力がふっと抜けることがあります。
この言葉には、理屈を超えた“安心の魔法”があるように思います。
楽観性は、心理学においてストレス耐性やレジリエンスと深く関係していることがわかっています。
つまり、「どうにかなる」と信じられる力が、困難に立ち向かうエネルギーになるのです。
忘れられないのは、ある仕事で大きなミスをしたときのことです。
そのとき、同僚が「そんなこともあるよ」と笑ってくれました。
救われたのは、叱責されなかったからではなく、「大丈夫だよ」という気持ちを共有してくれたからでした。
それ以来、人に対して「なんとかなるよ」と言うようになりました。
この言葉を交わせる関係性には、深い信頼があると思います。
また、自分自身にも同じ言葉をかけることで、完璧主義の鎖から少しずつ解き放たれていきました。
完璧でなくてもいい。
正解がわからなくてもいい。
その緩さが、ポジティブな関係性と穏やかな時間を育てていくのです。
「なんとかなる」を口癖にしてみたら、どんな景色が見えるでしょうか。
そしてその言葉を他人に向けたとき、あなたのやさしさは静かに広がっていきます。
不安なとき、誰かから「大丈夫」と言ってもらえた記憶。
そのぬくもりを、今度はあなたが誰かに届ける番かもしれません。
無駄な時間を楽しむことで回復する健康と愛の感覚
ある週末、私は予定をすべて白紙にして、近所の川沿いを歩いてみました。
風が肌をなで、鳥のさえずりが遠くに聞こえる。
ただそれだけの時間が、驚くほど心身を癒してくれたのです。
日本人は主観的なストレスレベルが高いと言われています。
健康を守るには、意図的に「なにもしない時間」を持つことが重要です。
そしてその時間は、単に体を休めるだけでなく、「愛」にもつながっていきます。
この体験を通じて気づいたのは、「自分を大切にすることが、他者を大切にする土台になる」ということでした。
忙しさの中では、つい周囲に対してもトゲトゲしくなりがちです。
でも、自分の中に静けさが戻ってくると、人にも穏やかに接することができるようになります。
その循環が、日常の人間関係をじんわりと温かくしてくれるのです。
また、医療現場でも「休息が回復力を高める」ということが科学的に確認されています。
“無駄”に見える行動が、実は体と心にとっては必要な“投資”であることを、もっと広く知られてほしいと感じています。
さらに、こうした余白の時間が創造性や直感を育てるという説もあります。
実際に、川沿いを歩いていたとき、ふとアイデアが降りてきたことがありました。
静けさの中に身を置くことで、潜在意識が働き出すのかもしれません。
仕事でも人間関係でも煮詰まったとき、答えは「離れること」の中にあることがあります。
あなたも、今日のどこかで「ただそこにいる」時間を味わってみてはいかがでしょうか?
その5分が、あなたの健康と人間関係をそっと支えてくれるかもしれません。
まとめ
私たちは日々、効率や成果を求めて走り続けています。
けれど、そのレールに乗りすぎると、心が置いてけぼりになってしまうこともあるのです。
無駄に見える時間、何も起こらない時間、ただぼんやりしている時間──
それらは、実は人生を豊かにするための“種まき”かもしれません。
「やってみよう」という小さな好奇心と、「ありがとう」と口に出す感謝の気持ち。
そして、「なんとかなる」と笑える楽観と、「ありのまま」を許せる自己受容。
これらの感覚は、目に見える成果よりも深く、静かに心を満たしてくれます。
過去の経験や思い込みが、あなたの時間の感じ方を縛っていることもあるかもしれません。
でも、ほんの少しだけ価値観を見直すことで、「無駄」が「余白」へと姿を変えるのです。
その余白の中で、人は回復し、つながり、創造しはじめます。
あなたが今日、予定のない10分を見つけたなら、その時間をどう使いたいですか?
もし迷ったなら、ただ静かに深呼吸してみてください。
そのひと呼吸の中に、人生を豊かにするヒントが眠っているかもしれません。
効率では測れない、けれど確かに大切なものが、そこにはあります。
そしてそれは、あなたの中にも、もうすでにあるのです。